我が国において、野球は最も人気のあるスポーツの一つです。プレー人口も多く、興行の規模としても最大といえるでしょう。プロ野球、高校野球、大学野球のそれぞれがこんなに盛り上がるスポーツは他に類を見ないかも知れません。
最近では、エンゼルスの大谷翔平選手が投打でMLB史に残る大活躍を見せ、佐々木郎希選手が高卒一年目の松川虎生選手とのバッテリーでNPB最年少完全試合、最多連続奪三振を記録するなど、スター選手達の話題は枚挙に暇がありません。
当院の患者様には様々なスポーツに奮闘している方が多くいらっしゃいますが、中でも野球は様々な年齢層や競技レベルの方々が各々の健康問題をご相談にいらっしゃいます。
野球のスポーツ障害に特徴的な要素の一つが、”非対称性”です。
殆どの選手はどちらの手にグローブをはめてどちらの腕で投げるのか、右打ち左打ちどちらで打席に立つのか決めています。
至極当たり前に聞こえますが、例えば今やもう一つの国民的スポーツとなったサッカーは、勿論利き足はあっても、大抵の場合は逆足も練習しますし、試合でもある程度逆足が使える方が好ましいでしょう。
私は今も競技スキーでアルペンの大回転という種目を続けていて、時々大会にも出場しています。アルペンスキーは赤と青のフラッグがついたゲートを交互に通過していきタイムを競うスポーツなのですが、右と左に同じ回数ターンをするので、左右対称のスポーツです。
野球やソフトボールのような左右非対称性のスポーツは、筋肉のつき方や筋骨格にかかる負担も左右非対象になる、特定の部位へダメージが蓄積するので、それに起因する怪我やスポーツ障害を生じます。
投球する際にボールを扱う側の腕には非常な負担がかかります。俗に”野球肘”と呼ばれる病態が有名ですが、実は野球肘というのは医学的に特定の疾患を意味するわけではありません。
肘の部位別にみていきましょう。
まず、肘の内側(小指側)にある、”上腕骨内側上顆”と呼ばれる部位が繰り返し引っ張られて炎症を起こす”内側上顆炎”や、この部分の骨が剥がれてしまう”内側上顆裂離”といった病態があります。軽い内側上顆炎であれば、2週間から1ヶ月ほどの休養で競技復帰が可能なこともおりますが、症例によっては手術が検討されることもあります。
また、同じく肘の内側にある”内側側副靱帯”といった靭帯が損傷する場合があります。大抵の場合は時間と共に症状はやわらぎ、手術しなくても不自由なく日常生活を送ることができるのですが、高レベルな選手としての競技力を再獲得するため、手術に踏み切る場合があります。
内側側副靱帯の修復術は”トミー・ジョン手術”とも呼ばれ、米国の整形外科医であったフランク・ジョーブ氏が考案したそうです。(パワプロのダイジョーブ博士の元ネタです)
トミージョン手術を受けた方は、有名野球選手にも数多くいらっしゃいます。先述した大谷翔平選手もトミージョン手術を受けたという報道がありました。
往年の名選手では、マサカリ投法で名を馳せたオリオンズ(現在の千葉ロッテマリーンズ)村田兆治選手も、トミージョン医師直々の手術を受け、長期のリハビリを経て復帰後11連勝という快進撃を見せました。
また、肘の外側において離断性骨軟骨炎という病態があり、これも俗にいう野球肘の一部です。
上腕骨小頭という部分の骨が剥がれてしまう状態です。
初期であれば十分な休養により自然に治りますが、1年を超える投球禁止が必要な場合もあり、選手にとっては精神的にも過酷な時期となり得ます。
肘とは別に、野球は脊椎を極度に捻るスポーツです。バッティングの際、速いスイングをすると、脊椎という背骨を構成する骨が高速かつ大幅に捻れます。大抵の場合は同じ方向にばかり捻れます。こうした動きが、脊椎に負担をかけ、疲労骨折を起こします。
これを脊椎分離症と呼びます。(脊椎分離症の原因として疲労骨折説が有力ですが、多説あります。)
初期の脊椎分離症は数ヶ月から1年を超える休養で、ある程度骨が治ってくる場合がありますが、分離症が完成してしまうと骨癒合が難しくなります。
脊椎分離症は進行すると分離滑り症といって、上下の脊椎がずれてしまう病態に至る場合があり、足の痺れや力の入りにくさなどの症状を引き起こす危険性があります。これは、より若くして脊椎分離症を発症した方でより高リスクであるとされています。
脊椎分離症自体は野球選手にとても多い疾患で、プロ野球選手でも2-3割程度は脊椎分離症を抱えているとも言われています。
裏返して見れば、脊椎分離症があってもプロ野球選手になれるほどのパフォーマンスが可能な場合もあるということです。
今回ご紹介した病態はほんの一例であり、野球によるスポーツ障害は様々な程度、様々な箇所で生じます。
症状、年齢、画像所見、目指している競技レベルにより、しっかり休んでいくのか、痛みに対処しながらプレーを続けるのか、手術を検討するのか、相談していくことになります。
スポーツで自分の限界に挑む全ての人に寄り添って助けていきたいと思いますので、是非ご相談ください。